このケースでは、TCAE®を用いたFDAポンプのCFD&FEAシミュレーションをワークフロー形式で紹介します。このFDAポンプ(遠心血液ポンプ)のベンチマークシミュレーションは、アメリカのFood and Drug Administration(米国食品医薬品局)が医療機器のCFD結果を検証するために行ったプロジェクトになります。今回の対象となるFDAポンプは、複数の研究室で実験やテストが行われ、CFD結果との比較検証に必要となる速度,圧力,溶血などのデータが取得されました。このプロジェクトの目的は,FDAポンプの特性(効率,トルク,圧力...)を評価するCFD&FEA解析を行い、解析結果と実験値を比較することになります。
今回使用するFDAポンプの形状は以下の画像の通りです。
図1:FDAポンプの形状
解析を行うための形状データはSTLフォーマットのデータを使用します。CFD解析を行うためには、水密性のある形状データが必要となり、そのデータと別にFEA解析用の単一サーフェスのインペラモデルデータを準備します。CFD解析とFEA解析では必要となる形状データに違いがあるので注意する必要があります。
図2:解析形状の全体図
CFD解析用形状データのプリ処理(前処理);
CFD解析用の形状データについては、コンポーネント(領域)として、入口領域,回転領域,出口領域の3つで構成されています。もちろんどの領域も隙間や穴が無い形状データになっています。一般的に元のCADモデルに存在する小さなパーツや解析に影響のない部分については、省略するなどの修正作業を行います。ここで気を付けることは、各領域を繋ぐインターフェースが適切に作成されていることです。
図3:入口領域
図4:回転領域
図5:出口領域
FEA解析用形状データのプリ処理;
FEA解析用の形状データについては、基本的にCFD解析用形状データと同様のプリ処理を行います。ひとつ大事なルールは、単一サーフェスで水密性のあるSTLモデルであることです。今回FEA解析の対象となるのは、インペラになります。したがって、今回使用するFEA解析用の形状データは、単一サーフェスのインペラモデルになります。
図6:インペラモデル
メッシュモデルの作成についてはメッシュ作成モジュールであるTMESHを使用します。CFDメッシュについてはsnappyHexMesh,FEAメッシュについてはNetGenでメッシュモデルが作成されます。ここから行うメッシュ作成から、解析設定、ポスト処理までの一連の作業を同一GUIで行うことが可能です。
図7:CFD解析用メッシュモデル
図8:FEA解析用メッシュモデル
TCAE®ではCFD解析をTCFD®、FEA解析をTFEA®という各モジュールにて設定します。
図9:解析モデル設定のGUI
CFD解析モデルの設定;
・シミュレーションタイプ:pump
・時間設定:定常(steady)
・圧縮性:非圧縮
・領域数:3
・回転数:2500,3500[RPM]
・出口条件:static pressure 0[m2/s2]
・乱流モデル:k-omega SST
・せん断モデル:ニュートン
・壁関数あり
・乱流強度:5%
・作動流体:血液
・基準圧力:1[atm]
・動粘度:1.8×10E-5[Pa・s]
・流体密度:1035[kg/m3]
・CPU時間:25[core.hours/point]
インターフェース接続設定をした各領域はコンポーネントグラフを用いて接続状況を確認することができます。これにより領域の関係性を可視化することで、設定のミスをなくすことが可能となります。このケースでは、入口領域(Co1)から入った流体(血液)が回転領域(Co2)に流れた後に、出口領域(Co3)に向かっていくという設定になっています。
図10:コンポーネントグラフ
図11:インターフェース接続部
FEA解析モデルの設定;
・材料:アクリル
・密度:1430[kg/m3]
・材料構成:等方性
・ヤング率:5.0E9[Pa]
・ポアソン比:0.3
・インペラ半径:3.2[mm]
・要素の次数:2
・CPU時間:0.1[core.hours/point]
・回転数:2500,3500[RPM]
・CFD結果の利用:あり
メッシュモデル作成からCFD&FEA解析の設定後は、ワンクリック完全自動でワークフローが実行されます。もちろんバッチモードによるバックグラウンド実行も可能であり、TCAEシミュレーションの実行は完全に自動化されています。今回の設定では、実験と同様に2つの回転速度と6種の入口体積流量を掛け合わせた6ケースを計算します。この6ケースを自動で順番に計算する設定をしているので、クリックひとつで6ケースの計算が自動で完了します。
図12:解析ケース6種
図13:ポスト処理時のGUI
ポスト処理における結果の可視化はGUIにも使われているParaview上で行います。
図14:圧力コンター図と流速流線図
図15:インペラの変位コンター図
TCAE®に搭載されているポスト処理機能としてターボ機械向けに追加された機能があります。そのうちのひとつに、圧力や速度などの値を円周方向に平均化して、子午面上に投影した結果を評価する「Meridional Average」があります。ポンプ内の圧力や速度がどのような分布になっているか、2次元的にポンプ内の流れを確認することができます。もう一つの機能が「Blade to Blade View」です。ハブとシュラウド間の結果評価の値を変換して、平面形式でブレード間の流れを確認することができます。
図16:Meridional Average
今回のプロジェクトにおいて重要となるのは、流体齢です。流体齢は、流体が流れ領域に入ってからの時間[s]を意味しており、ここでは血液が流れのせん断応力を受ける時間が血液の溶血に大きな影響を与えることになります。それに加えて、流体齢の平均値からは流れ場に関する貴重な情報を取得することができます。ターボ機械では、流体齢の平均値が高い位置は、エネルギー損失の可能性がある領域(流体が再循環している)であることを示しています。流体齢の一般的な分布は、入口から出口に向かって徐々に分布していることが良いとされます。
図17:Age of Fluid
溶血とは、赤血球の損傷の総称であり、赤血球が破壊されることで酸素を運ぶヘモグロビンが周囲に放出されてしまうことです。ポンプにおいては、流れのせん断応力による損傷を赤血球が受けることで、溶血に繋がります。溶血の発生を計算し、溶血指数と呼ばれる量として、計算領域全体の結果知ることができます。
図18:Hemolysis Index(溶血指数)
ここからは、FDAポンプの解析結果と実測結果を比較していきます。実際の試験についての測定方法は、粒子画像流速測定法(PIV)を使用し、3つの研究所によりデータが取得されました。CFD解析については、多種のCFDコードを用いて評価を行うこととなりました。使用したCFDコードは、Abaqus/CFD,AcuSolve,ANSYS CFX,ANSYS Fluent,Code_Saturne,FlowVision,SC/Tetra,STAR-CCM+、であり、これらの結果を平均してプロットを作成しました。
図19:圧力ヘッド値の比較(青,オレンジ:実測値,緑:他CFDコード平均,赤:TCAE)
また、今回のPIV測定ではポンプ流れ場の2つの位置の速度プロファイルにフォーカスしました。注目した速度プロファイル位置は、(A)インペラ半径方向(線Rに沿った位置)と(B)ディフューザー断面(中央線Dに沿った位置)でのになります。これについてもCFD結果と実測値の比較プロットを作成しました。
図20:(A)インペラ半径方向の速度プロファイル比較
図21:(B)ディフューザー断面の速度プロファイル比較
まとめとして、このプロジェクトではFDAポンプのCFD&FEA解析を1つの自動ワークフローで行う方法を紹介しました。結果として、実測値や他のCFDコードと比較し、TCAE®を用いることで傾向、絶対値含めて適切な結果を取得することができることを示すことができました。また、今回のTCAE®での解析モデル設定では、特別なチューニングは一切行っていないため、さらなる結果向上の可能性もあります。
このケースによりTCAE®は、ターボ機械のみならず医療機器に関するアプリケーションにおいても非常に有効なツールであることが分かりました。