心臓疾患は世界中で主な死亡原因となっていますが、近年の医療技術の進歩により、心臓の疾患や傷害に苦しむ多くの人が新しい人生を手に入れることができつつあります。
このケースで対象となる心室補助装置やVADは、心臓の下部室(心室)から大動脈に血液を送り出すことにより、機能不全に陥った心臓の機能を代替する機械的な循環補助装置です。
VADには、自然な心拍を模倣する容積型ポンプや、対象者に心拍がない場合の連続流ポンプなど、さまざまなタイプがあります。
その他の違いとしては、遠心型や軸流型といったポンプの種類、ポンプの配置、どの心室を補助するか(右-RVAD、左-LVAD、両方-BiVAD)といったものがあります。
遠心型と軸流型の仕組み
このケースでは、Hristo Valtchanov氏とRosaire Mongrain教授が監修したマギル大学(カナダ、モントリオール)のYinan Bao氏の修士論文から、軸流ポンプに基づく左室補助人工心臓(LVAD)を取り上げています。
オープンハブを備えた軸流型のLVADにはいくつかの利点があります。
・患者の体内に設置することを考慮し、一定の流量と圧力に対してよりコンパクトであること
・大きな切開をせずに皮膚から経皮的に埋め込むことができるため、より難易度の高い手術を回避できること
・従来の軸流型ポンプと比較してポンプ容量が大きく、低速回転で動作するため、血球へのダメージが少ないこと
新しいコンセプトのLVADの部品図
LVADは、インデューサ、インペラ、ディフューザ(1次および2次)などのセクションで構成されており、すべてのセクションには、ヘリカルブレード(回転もしくは静止)が付いています。
下記図中の寸法は、物理的なテストを行った初期コンセプトに基づいているため、実際の装置はより小さいものになります。
LVADの断面図
初期コンセプトの寸法
ポンプ設計の検討と最適化のために、LVADの流路を対象としたCFDシミュレーションが実行されました。
モデルは、32の設計変数を使用しており、CAESESのパラメトリックモデリング機能により作成されています。
設計目標を重視し、製造適性を確保するため、モデル定義にはジオメトリに制約(ブレード厚み一定、ギャップサイズ最小、オーバーハング角最大)が含まれます。
CAESESで作成したLVADモデル
設計変数による形状変化
CAESESは、ワークフロー自動化のための中心として使用されました。
つまり、CADの作成に加え、プロセス統合および設計最適化(PIDO)プラットフォームとして活用されます。
このケースでCAESESは、CFXソルバを利用して3Dメッシュモデル作成とCFD解析が行われるAnsys Workbenchと統合されました。後処理もAnsysで実施しています。
ワークフローのサイクル
この設計の動作条件は、回転数2000[RPM]、流量3~5[L/min]でした。
設計最適化の目的は次のとおりです
1.ポンプの圧力上昇を最大化
最終的にLVADの目標吐出圧力は正常な拡張期血圧(70~80[mmHG])となるが、ポンプ全体の圧力上昇を最大化することで、圧力の増加に応じて最終製品をコンパクトにすることが可能となります。
2.溶血指数(HI)として測定される血液損傷の最小化
HIは、ZhangとTaskinによる HI = C 𝜏α tβ の係数を用いたPower-lawモデルに基づくラグランジュアプローチにより計算されます。
第2の目的は、ポンプ効率を最大化し、ディフューザセクションの圧力上昇を高め、出口での渦を低減することです。
最適化計算には2段階のプロセスが採用されました。
Step1:Sobolアルゴリズムを用いた実験計画法(DoE)によるデザイン空間の探索と設計変数の感度分析
32の設計変数は5つのグループに分類され、段階的な検討が行われました。
Step2:Nelder-Mead Simplexアルゴリズムを用いて、最も高い感度を示す設計変数のグループに対する最適化
第1グループは、各セクション(インデューサ・インペラ・ディフューザー)のブレード角度に関連しています。
ブレードの開始角度と終了角度を表す合計8個の設計変数があり、DoEで100回のシミュレーションが実行されました。
第2グループは、ブレードの曲率に関する4個の設計変数と、各セクションの回転数(1回転は360°に相当)に関する4個の設計変数が含まれます。
第1グループと同様に、100回のシミュレーションが実行されました。
第3グループは、外側ケーシングの直径、吸込口/吐出口の直径、インデューサ/インペラの直径比、および2つのディフューザのインターフェース部のギャップサイズを含む、9個の設計変数によりポンプサイズを変化させます。
第4グループは、ブレード長さに関するもので、インデューサ・インペラ・ディフューザで合わせて3個の設計変数で変化します。
第5グループは、インデューサ・インペラ・ディフューザ(1次と2次)のブレード数に関する4個の設計変数です。
下記の2つの表は、目的関数である圧力上昇と溶血指数に対する設計変数の感度を正規化したデータとなります。
この結果をもとに最も感度の高い設計変数を7個を選択し、設計変数グループの構成を行ってから、step2であるNelder-Mead Simplexアルゴリズムによる最適化を実行しました。
目的関数:圧力上昇に対する設計変数感度
目的関数:溶血指数HIに対する設計変数感度
SobolとNelder-Mead Simplexアルゴリズムを用いて、32個の設計変数幾に基づく合計500の設計バリエーションを段階に分けてシミュレーションしました。
最適化計算の結果、圧力上昇と溶血指数HIに最も影響を与える設計変数は、ポンプ外径(Nelder-Mead Simplexでの計算では固定)、ディフューザ径比、インペラ比であることが判明しました。
ベースラインモデルと最適候補モデルの結果比較
流線と圧力勾配の比較
また、今回の最適化プロセスの中で、圧力上昇を促進する興味深い事実が分かりました。
ブレードはZ方向に分岐する形状となっており、ブレードが流れの旋回を抑えながらディフューザとして機能することで、圧力勾配をさらに増加させるということです。
この予想外の機能により、圧力回復が大幅に改善され、よりコンパクトな設計に繋がりました。
さらに、ブレード流路間の経路長を長くすることで、より速度が緩やかな渦となるため、血液損傷を軽減しながらも効率を高めることができています。
今回の左心室補助人工心臓のケースでは、CAESESとANSYSを組み合わせて使用することで、新しいコンセプトを持つLVADの設計調査と最適化を効果的に行えることを証明しました。
32個の設計変数を感度の高い7個に絞り込んでから最適化を行うことで、溶血指数のわずかな増加のみで、大幅な圧力上昇と効率改善が達成されました。