風力を活用した商用貨物船の最適化設計

この記事では、CAESES®による船体のパラメトリック設計および最適化計算システムについて紹介します。今回のCAESES®の役割は、船体のコンセプトや初期段階での設計オプションの評価を行うことであり、背景には海上交通低炭素化促進プロジェクトという大規模なプロジェクトがありました。このプロジェクトの一環として行われている、マーシャル諸島共和国向けの一般貨物船の設計開発においてCAESES®が導入されることとなりました。


ドイツのEmden-Leer応用科学大学は、このプロジェクトの技術担当として、船体の設計を担当することになりました。このプロジェクトの具体的な目的は、海運部門のゼロ・エミッション達成を目指すマーシャル諸島共和国を支援することであり、マーシャル諸島共和国は、海上輸送からの汚染廃棄物の排出量を段階的に削減することで、2050年に排出量を完全にゼロにすることを最終目標と定めています。


CAESES®は、この大規模プロジェクトの初期設計の段階において数々の場面で活用されました。


・設計オプションの調査のため、船のコンセプトとなる形状をパラメトリックモデルとして作成し、後工程にある数値解析や形状検討,デモンストレーションに使用されました。

・CAESES®内のスクリプト機能を使用して、積載容量,安定性,風力推進システム,性能予測に関する各計算を実施しました。

・OpenFOAMとの接続によるCFDシミュレーションを通して船体付近の流れを解析し、性能予測手法の検討に用いられました。


船体の設計コンセプトについて

船のコンセプトは、2020年にthe Marshall Islands Shipping Corporationと共同で定義した船舶要件に基づいて考案されました。現地調査で得られた知見をベースに初期設計を作成し、ハンブルグ(ドイツ)の船舶設計会社Ship Design and Consultingと共同でさらなる船体形状の検討が実施されました。


図:船体のパラメトリックモデル(上:マスト2本、下:マスト3本)


パラメトリックモデルによるアプローチを採用したことで、議論内容に応じて形状を簡単に変更することができるため、新しいアイデアやこれまでにはないソリューションを効率的に設計に組み込むことが可能となりました。 

 

OpenFOAMによるCFDシミュレーション

CFDシミュレーションは、CAESES®とOpenFOAMとのソフトウェア接続によりRANSでの計算が実行され、平均的な船体性能(速度,電力消費量,燃料消費量)の予測に重点が置かれました。


図:CFDシミュレーションの結果コンター図


性能予測

CAESES®内のスクリプト機能で作成した性能予測ツールを用いて結果の評価を行いました。評価手順の概要は、結果モデルからすべての関連データを取得し、性能予測のためのスクリプトでデータを処理することです。風力推進システムへのアプローチとしては、流体力学の解析式と風洞計測値に基づいて作成されたスクリプトを用いて結果を評価しました。このスクリプトを使用したところ、性能予測に関する全体の方程式を数分で解くことができました。


図:左-エンジン推進のみ,右-エンジン+風力推進システムの性能予測


結果

計算結果については、風力と風方向の関数として速度と消費電力に関する応答マトリクスが用いられました。地域や航路により異なる風のデータをこのマトリックスに掛け合わせると、船の速度と消費電力の平均値が計算され、1海里あたりの平均燃料消費量の予測を行うことができます。この1海里あたりの燃料消費量の最終的な値は、様々な設計オプションの比較や評価に使用され、複雑な計算結果を燃料消費量の増加または減少という単一の値にすることができます。この手法を用いることで、船体の性能や効率に関するより詳細な考察が可能となります。


下記の図では、プロペラによる動力回生が船速とラダー(舵)効率に与える影響を表しています。このケースでは、ラダーのサイズとサイドキールの位置を最適化することで、動力回復時のラダーにかかる過大な負荷が減少することを設計の目的としました。プロペラの付近の流速が低下すると舵角が大きくなるので、流入角が失速状態に近い場合には致命的な問題となることが判明しました。

図:プロペラの動力回生が与える影響


図:TWAの増加に対するalpha rudderの変化

図:TWAの増加に対するpower_Pdの変化


図:TWAの増加に対するcTHの変化



このプロジェクトの今後については、CAESES®内の自動最適化システムに十分なロバスト性を持たせるために、性能予測スクリプトの最適化をさらに進めていく予定となっています。また、この最適化計算と結果検証プロセスの一部は、Emden-Leer応用科学大学の技術センターにある新しい海上試験施設に統合される予定となっています。CAESES®はこれからも世界中の設計開発の支援を行っていきます。