TCFD®を用いたスピットファイア戦闘機のCFD解析

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TCFD®の活用について

TCFD®はもともとポンプ、ファン、コンプレッサー、タービンなどの回転機械シミュレーション専用ソフトウェアとして開発されました。TCFD®は回転機械の解析において非常に効果的であることが示された後に、様々な分野のCFDシミュレーションが可能となるよう拡張されてきました。そして、活用される解析ケースの1つに、オブジェクトの外部空気力学の解析が挙げられます。本記事では、この解析ケースにおけるTCFD®の活用について紹介します。

 

スーパーマリンスピットファイアMk.VIIIについて

イギリスのスーパーマリン社が製造したスピットファイアは、第二次世界大戦中にイギリス空軍に使用された戦闘機であり、史上最も有名な飛行機になります。24個の主要なバリエーションで20,000以上の数が生産されてきました。そのため、スピットファイアは最も生産された航空機の1つとされています。今回のケースではこのスピットファイアの外部空気力学の解析を実施します。スピットファイアを用いた解析を行うための形状データはGrabCADで入手できるモデルSpitfire Mk.VIIIとなります。

 

Spitfire Mk.VIII基本仕様

・長さ:9.54[m]

翼幅:11.23[m]

高さ:3.85[m]

・翼面積:22.5[m2]

・重量:2633[kg]

・最大離陸重量:3638[kg]

・最高速度:656[km/h]

・上昇限度:13000[m]

・エンジン:ロールスロイス社のマーリン27リッターV12 最大出力:1710[hp]

・武装:2x20[mm]イスパノ社 航空機関砲、4x7.7[mm]ブローニング重機関銃、1x227 2x 113[kg]爆弾

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図1:スピットファイア戦闘機

 

前処理

まずは入手したSTEP形式の形状データをTCFD®の解析向けに修正を行います。 CFD解析を行うにあたり、元のSTEPファイルでは形状表現が複雑すぎるため、スムーズに解析できるデータに変換します。今回はオープンソースソフトウェアSalomeを使用して形状の単純化およびクリーンアップ行うことで、計算が難しい細かい箇所を削除し、隙間のない解析に適した航空機の形状データを作成します。

また解析領域については、プロペラが回転するため、回転部の解析領域を作成する必要があります。プロペラが覆われるような円筒形状を回転領域として作成します。 飛行する空を表現する飛行領域については、戦闘機を囲むように長方形の形状を作成します。飛行領域についてはTCFD®標準機能である“Bounding Box”を使用することで、戦闘機が飛行する領域を定義することも可能です。戦闘機形状モデル、回転領域、飛行領域の表面を定義するSTLファイルを出力し、TCFD®での設定に使用します。 形状の前処理は、非常に重要な作業であり、解析結果に対して大きな影響を与えます。

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図2:解析用形状データ

 

TCFD®セットアップ

TCFD®は複数の解析領域が接続された解析モデルの一部分が回転する定義されたターボ機械アプリケーション向けに開発されています。回転するプロペラが搭載された飛行機を解析することはターボ機械と非常に似ているため、TCFD®は今回のような計算ケースにも適しています。 

 

解析設定は、2つの解析領域(戦闘機形状を含めた飛行領域と回転領域)に分割して行っています。回転するプロペラは、Multiple Reference Frame(MRF)を使用して解析を行うため、MRF設定ファイルの運動方程式に遠心力を表す項目が追加されます。

 

TCFD®解析設定の概要

・シミュレーションタイプ:プロペラ

定常計算

・非圧縮性流れ,圧縮性流れ(両ケースで解析)

・乱流モデル:k-ωSST

 

航空機の空気力学における最も重要なパラメーターの1つは、迎え角(Angel of attack=AoA)です。この値は、ユーザーが設定した境界条件によって決定されます。

 

流入口と流出口の境界条件は、飛行領域の壁に定義されており、本ケースでは下記のように設定しています。

・流入口(Inlet):固定速度

速度ベクトルは乱流エネルギー強度と乱流散逸率と共に定義されます

速度ベクトルのデカルト座標系により、AoAの目的の値が得られるように数値を入力します

・流出口(Outlet):固定圧力

圧力の固定値を設定します

 

その他の境界条件は、飛行領域の上下面,側面の壁部分、回転領域の円筒形状、および戦闘機自体の形状表面を定義する必要があります

・飛行領域上下面および側面:translationAMI

上下側面の壁部分は、空を表現するために平行方向周期境界条件を用いることで、際限のない領域であることを定義します

戦闘機の形状表面:wall

・回転領域の円筒形状:InletInterface/OutletInterface/FreestreamInterface

インターフェース条件を用いることで飛行領域と回転領域を接続します

 

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図3:解析領域の接続状態

 

解析モデルのメッシュは、メッシュ作成機能snappyHexMeshにより自動的に作成されます。 snappyHexMeshでは、部分的に粗いメッシュや細かいメッシュを設定するリファインメントレベルと呼ばれる設定を用いて、簡単にメッシュ配置を変更することができます。一方で精度向上のためにこの機能を用いて細かいメッシュを作成する場合、計算の収束が完了しないことがあります。これは解析領域の速度と圧力の値が一定である場合に、初期条件の設定が原因である可能性があります。 そのためこのようなケースでは事前に解析した結果を初期条件として設定し、解析のスタート状態を最終的な結果に近づける必要があります。TCFD®には、初期条件に別のシミュレーションの結果を書き込む機能があるため、今回は最初にOpenFOAMのpotentialFoamによる解析を事前に行い、その結果を初期条件とすることで、TCFD®での解析が事前計算の最終的な結果の状態からスタートします。

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図4:解析形状のメッシュモデル

 

後処理

TCFD®には後処理モジュールが組み込まれており、効率、トルク、流量、力とモーメントの係数などを計算することができ、外部空気力学で重要となる結果を自動的に計算します。すべてのデータが収束率と共にHTML形式のレポートに自動でまとめられます。GUI上での結果確認にはParaViewが用いられます。

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図5:出力される残差グラフ

 

実測データとの比較

本ケースではTCFD®での解析結果を実際の飛行試験および風洞試験の結果と比較します。シミュレーションデータと実測データの比較をする際に、実際の試験条件に解析モデルを完全一致させようとすると、解析できないケースや結果が全くことなってしまうケースが発生します。今回の解析モデルについてもいくつか実際の試験状況とは異なった設定となっている部分があります。

 

シミュレーションに使用されるモデルは、実際の形状に対して単純化しており、これは風洞試験用のモデルと同様になります。また、解析に使用するモデルには、形状データの作成中にCADソフトウェア上で変更する操縦翼面があり、これは形状データ出力時に角度が固定されてしまいます。しかし風洞試験の場合は、航空機の空気力、エンジ出力等をすべて釣り合わせて操舵力をゼロとなるように、エレベータ(水平尾翼の後縁に取り付けられている操縦翼面)を変更しています。プロペラピッチについては、シミュレーションでは一定の値となり変更できませんが、実際の飛行試験の場合には速度とエンジン回転数に応じてピッチが変更されます(可変ピッチプロペラ)。

さらに飛行領域となるBounding Boxと境界条件の存在は、実試験にはない影響を与える可能性があるパラメータでもあります。

これらのことを考慮すると、シミュレーションのすべての結果を盲目的に信用してはいけないのではと感じしまうかと思います。しかしこのような状況はCFD解析を実施する上では理解する必要があり、シミュレーションであることを念頭において設計の指針にすることが重要となります。

 

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図6:解析結果の可視化

 

Case1-スピットファイアVIII 飛行試験

1945年に作成された文書には、本解析に使用するスピットファイアモデルと同様のスピットファイアVIIIの飛行試験データが記載されていました。その中でも興味深いデータは、揚力係数のAoAへの依存性(揚力係数曲線)です。試験データのCLは位置エラーを修正する必要があったため、解析結果と直接比較はせずに、位置エラー修正後のデータと解析データを比較していきます。

 

TCFD®解析設定

速度:90[m/s] (324[km/h])

・非圧縮性流れ

・AoA:0~8[°]

・プロペラ回転:1145[RPM](エンジン回転:2400[RPM])

・メッシュ数:630万[cell]

・流体物性値:デフォルト

・基準圧力:1気圧

・参照密度:1.2[kg/m3]

・動粘度:1.8×10-5[Pa・s]

 

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7: 揚力係数に対するAoAの実測値比較

 

Case2-シングルエンジン戦闘機4種における高速風洞試験

このケースではスピットファイアMkIの風洞試験を基に結果の確認を実施します。このモデルはMk.VIIIとは少し異なった形状ではありますが、空力特性はほとんど同じとされています。今回は低速と高速の両方の状態でAoAに関する揚力係数の変化について解析結果と実測データを比較します。

風洞モデルに対応するためには、解析モデルをさらに簡略化する必要があるため、プロペラ部分を省略しています。解析領域は1つのみで構成され、プロペラ簡略化により回転するものがないため、シミュレーション設定を変更しています。実際のモデルは1/6スケールであるため、このような場合にはマッハ数とレイノルズ数が実際のモデルと一致するように、STEPモデルをスケーリングするか、いくつかの変数を調整する必要があります。

 

TCFD®解析設定

・メッシュ数:5.5M[cell]


1. 低速シミュレーション

・非圧縮性流れ

・レイノルズ数:2×106

・AoA:-1~5[°]

・速度:82[m/s](295[km/h])


2. 高速シミュレーション

・圧縮性流れ

・マッハ数:0.4~0.838

・レイノルズ数:1×106

・AoA:-1~10[°]

・速度:137~262[m/s](493~943[km/h])

 

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図8:低速での揚力係数変化の実測値比較

 

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図9:マッハ数に対する揚力係数変化の実測比較

まとめ

・スピットファイア戦闘機の複雑なCFD解析を実施し、外部空気力学の分野においてTCFD®が活用可能であることを実証しました

第二次世界大戦期間中もしくは終了後に作成された風洞試験および飛行測定データとTCFD®の解析結果を比較し、ソフトウェアの計算精度が高いことを確認しました

・シミュレーション結果と実測値の比較から、追加の調査の対象をまとめ、今後の解析に役立てていきます(メッシュ収束の関係性、非定常シミュレーション、その他の乱流モデルの使用、境界層部分の設定など)

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